SRID懇談会 2009年11月10日
  日時: 2009年11月10日(火) 18:30〜20:00
テーマ: 『インドネシアからの帰国報告』
講師: SRID会員 不破吉太郎
場所: UNIDO東京事務所会議室
  

講師  不破吉太郎氏 (株)グローバルグループ21ジャパン(GG21) シニアコンサルタント

講師紹介: SRID会員の不破氏は1951年生れ。1974年慶応義塾大学卒業後、海外経済協力基金(旧JBIC)に入社。社命によりパリT大学大学院経済社会研究所に留学。パリ及びニューデリー事務所の首席駐在員を経て、2003年にJBICを退職。その後、法政大学大学院教授として国際環境協力問題について教鞭をとる。2008年に潟Oローバルグループ21ジャパン(GG21)入社。現在はJICAコンサルタントとしてインドネシアの気候変動対策のモニタリング活動に従事。

出席者 高橋、大戸、萩原、高瀬、三上(良)、山田(雄)、福永、升村、堀内、神田、倉又、今津、太田、山下(文責)  計14名

講演概要
 JICAジャカルタ事務所に1年間赴任して9月に帰国した。今後は2カ月に1度の出張ベースで仕事をする。仕事の内容は、日本が円借款(気候変動対策プログラム・ローン)で支援する、インドネシア政府の気候変動対策のモニタリングと政府へのアドバイスを担当している。必要があれば技術協力につなげる。
 インドネシアのCO2排出量を分野別に1997〜2007年の年平均値で見たものが配布資料の円グラフである。(但し、まだデータ自体の基礎がしっかりしていないので、今後日本などの先進国の支援が必要である)。年間排出量17億トンのうち、38%が土地利用の変化による森林破壊や森林火災が原因である。27%がピート(泥炭)の火災によるもの。火が消えた後も地中の泥炭がくすぶり、大量の二酸化炭素を放出する。20%がエネルギー、9%が廃棄物、4%が農業、2%が産業部門から排出されている。
 インドネシア政府は近年、気候変動への取り組みを強化しており、2007年12月にはCOP13会合を開催、2008年に気候変動国家計画(通称イエローブック)をセクター別に作成し、最近では援助資金をプールして使うべく、UNDPを当面のTrusteeとする気候変動トラスト・ファンドを設置するなどの取り組みを行っている。気候変動対策プログラム・ローンには、AFD(フランス開発援助庁)が日本と協調して3億ドルを融資している。次期中期開発計画(2010-14)に気候変動対策を取り入れることになっており、2025年をターゲットとするロードマップを策定中である。
 日本は2008年の洞爺湖サミットで当時の福田首相がユドヨノ大統領に対し、Cool Earth Partnershipに基づく第1号気候変動対策プログラム・ローン(財政支援)として、3億ドルの円借款をプレッジした。その後、最近では鳩山首相が2009年10月の東アジア首脳会議でのユドヨノ大統領との面談において、気候変動対策プログラム・ローンの第2トランシェとして4億ドルをプレッジし、「鳩山イニシアティブ」の第一弾として気候変動対策プログラム・ローンが位置付けられた。プログラムの中で55の政策アクションを含む政策マトリックスが作成されている。小生の仕事は各政策アクションの進捗をモニタリングし、必要に応じてアドバイスすることである。過去一年所属したJICAインドネシア事務所では私を含めて3名がこのモニタリング活動を担当していた。いずれも企画調査員という立場で、内1人はIGES(地球環境戦略研究所)からの派遣であった。なお、政策マトリックスには2009年から海洋部門と防災部門が対象プログラムに追加された。
 日本とフランスを合わせて5億ドルの協調融資である気候変動対策プログラム・ローンのような財政支援型プログラム・ローンで、最もメリットを受けるのは、財政赤字の補てんができる財務省である。現業官庁はこれまで通り予算を財務省からもらうだけなのであまりメリットがない。我々としては、政策アクションの実施促進に結びつき得る技術協力や制約要因の解決にむけたアドバイスが得られることが現業官庁にとってのメリット、と説明していた。
 気候変動対策実施のモニタリング活動をやって感じたのは、様々な分野で中央政府がガイドラインを作っても、地方政府レベルの能力に問題があるので実施になかなか結びつかないことである。例えば、中央政府が気候変動対策の視点から都市計画に盛り込まれるべき点を政府規則や大統領令で定めても、地方政府がそれを踏まえて既存の都市計画を見直す作業がなかなか進まない、という状況がある。
 また、過去の基礎データがしっかりしていないので、気候変動の影響がどれくらいかを推定することはできない。森林火災や違法伐採などの問題はガバナンスとも関連している。森林破壊の規模が大きいので、植林よりも今の森林を守ることの方が大事とされているのだが、既存の森林の保全に必要な措置を講じるべく、その森林利用への補償措置を講じようとすると、所有権が明文化されていない先住民族が不利な立場に置かれるといった問題が指摘されている。この辺を日本の援助でどこまで付き合えるか悩ましいところである。
 当面、2007−2009年の3年間をカバーする政策マトリックスが作成されており、2010年以降どうするかを検討している。以上がイントロダクション。後は質疑応答の中で説明したい。

質疑応答
財政支援型ローンとは
三上 個人の資格で仕事をやっているのか。
不破 GG21に所属している。JICAとは9月までの一年間は、個人契約であったが、10月からは、新たに公示・競争を経て、GG21がIGESと一緒にコンソーシアムとして契約した。
三上 インドネシアはピートだけで21億トンのCO2排出量があり、アメリカ・中国に続き、世界3位の排出国である。日本の総排出量より多い。これを解決すれば日本の25%削減公約はすぐに実現する。もともと木材の伐採が進み、湿地帯が乾燥して泥炭基地になった。
不破 ボルネオ島ではスハルト政権が泥炭地を米作地に転換しようとしたことがきっかけで、水位が下がり泥炭地が乾燥した。今は水位を上げるために排水路に小規模な堰を造っている。三上 ピートは北海道にある。もともと植物の根っこで地下水があるから腐らない。水を抜くと乾く。1億年たつと石炭になる。北海道はなんとか燃料に使えないか25年前から研究している。
大戸 燃料として使えないのか。スコットランドではピートを使ってウイスキーを蒸留している。
不破 過去には燃料として使えないか研究したことがあるようだが、実現していない。
三上 SRIDが最初に取り上げた問題。ブラジルには住民問題があるがインドネシアにはない。
不破 中央カリマンタンの泥炭地に行った時の印象では、不毛の泥炭地のすぐ横に畑があるなど土壌が入り混じっている。手元のインドネシア側資料によると、CO2排出をもたらす土地利用の変化で大きいのは、森林・草地の転用によるCO2排出量の増加、とされている。
堀内 木を切ってなぜCO2が出るのか。成熟した木はCO2を吸収しないはず。土地利用の変化による38パーセントの排出は多過ぎる。財政支援に対するモニタリングはワーク・スケジュールにも適用するのか。日本の場合は会計検査院が財政支出をチェックするが、インドネシアでは財務省なりBappenasが見ていないのか。支出をフォローしない政府はない。財務省としては議会を通った予算に手を突っ込むのは何事か、余計なお世話だということにならないか。財政支援はいらないという国もある。予算の執行については政府が目を光らせる。技術協力ならばモニターする価値がある。コストとの関係をチェックしているのか。
不破 両国間で合意された政策マトリックスに沿って政策アクションの進捗状況を調べている。個別の政策アクションに充当された予算自体の妥当性まではチェックしてはいない。なお、進捗状況に関するデータの提出が遅い分野については、AFDと共同でコンサルを雇ってTORを作って今後の改善策を探るべく調査をやっている。インドネシア側は基本的に彼らなりにモニターしているので、各セクターの進捗をまとめて出せと言えばでてくる可能性はあるが、日本側としては必要に応じて更なる気候変動関連の支援を行うことを視野に入れて、自らモニタリング・チームを送り込んで実施状況を把握しようとしている、ということである。インドネシアとは、モニタリング結果を現業官庁も交えて協議し、共有している。来年の6月から8月にかけて事業評価をやることになる。本件援助によってどこまで政策が進んでいるか、どこまで成果が上がっているかを評価することになるが、個別の政策の効果とそれ以外の要因による効果を分けるのは難しく、アプローチを良く考える必要がある。
高橋 財政支援の特徴はゴリゴリやらないことだが、そこに矛盾もある。何らかのメカニズムがあってモニタリングをやっているとの立場。阿吽の呼吸が大事。やり過ぎてもやらな過ぎてもだめ。

財政支出に対する議会の関与
堀内 財政支援の3億ドルは議会を通しているのか。行政にとってはボタ餅か。ローン・アグリーメントは通さないのか。
神田 ブルーブックに載っているものは議会を通さなければ融資できない。Bappenasが外国援助の入り口となり、モニタリングを管理する役割を担った。このことが存在理由になっている。昔に比べると議会の関与は大きい。行政では動かせなくなっている。毎年ディスバースの状況を見て次のディスバースを決める。コンディショナリティが前でなくて後ろになったということ。Bappenasが援助を期待する分野についてブルーブックを作っている。どこから借りるかを書く必要はない。
堀内 財務省が返済をギャランティするのか。技術協力ならカウンターパートの支出があるが、全体像が分からない時にカネを出せるか。ファンジビリティ(流用可能性)の問題は汚職である。ブルーブックに書いてあればよいとなると流用を監視した上で財政支援を受けているのか。
不破 ブルーブックにはプロジェクトが書いてある。気候変動対策プログラム・ローンは基本的に政策を支援するものである。政府に直接貸しているのでギャランティはいらない。ブルーブックには気候変動対策プログラム・ローンに付随する技術協力という項目があり、必要な案件を柔軟に実施できるようになっている。一般財政支援を行うということはインドネシア政府を信用しているということだ。フランスは「地球公共財」の供給を援助政策の一つの柱としている。イエローブックの中に気候変動対策プログラム・ローンのマトリックスがあり、協調融資も可能とされているのを見て本件気候変動対策プログラム・ローンへのコファイナンスに相乗りした。
神田 以前、スハルトが勝手に外国から借金してひどい目にあった。グラントは返さなくてよいので厳しいチェックがない。ローンに対して議会は特定の人への利益供与がないか、ファンジビリティがないかを監視している。
高瀬 他の国はアドバイザリー・サービスなので返す必要がない。援助の効果があったという証明は簡単ではない。きちんと評価をして書かなければならない。技術援助はグラントなのでモニタリングも抽象的であってはいけない。もし援助がなければインドネシアはこうなっていなかった、発展の緒に就いた、ということでもよい。
堀内 温暖化は5年で結果が出る話ではない。年間17億トンの排出量があっても地球気候変動はわからない。CO2のせいにできるか。バルセロナでは目標は一切出なかった。南北問題として国連の場でやると答えは出ない。南北の呪縛から解放しないとだめだ。インドネシア側に削減目標を達成する機運はあるのか。中国、インドにも削減義務はない。
不破 インドネシアは、2007年にCOP13の議長国を務めるなど、気候変動に積極的に取り組んでいるのは確かだが、ローンで気候変動対策支援を受けるかどうかについては、国内で議論がある。インドネシアはG77グループの議長国として、温暖化交渉において気候変動対策は無償で支援せよとの要求を先進国側に行う立場にあった。その延長線で、本件気候変動対策プログラム・ローンについても環境大臣がローンでは受けずにグラントにすべき、と主張したようである。結果的には財務省、Bappenasの説得で受け入れたが、いまだにくすぶっている。財務省、Bappenasの立場は、本件ローンは気候変動対策に対する直接的な支援ではなく、完全な財政支援なのでローンでよいというものである。セクター別・政策別に配分されているわけではないので、この理解は事実を踏まえたものと考えられる。
萩原 アフリカのコモンバスケット・ファンドはどこもうまくいっていないが。
不破 去年ジャカルタ・コミットメントが出た。DACが提唱している援助協調を推進しようという流れできている。会計年度、手続きなどがドナーによって異なるのを援助効率化のために1本化する。プールされた資金をきちんと使えるガバナンスの高い政府に供与するのが建前である。その延長線上にこの対策もある。インドネシアの気候変動対策トラスト・ファンドに拠出する約束を日本は未だしていない。実施状況の報告をドナーがどこまで求めるかにもよるが、例えば日本が自分の援助する案件について、これまで行ってきた進捗管理と同じレベルの情報をTrusteeが収集・整理して各ドナーに報告せよとすると、それは大変な仕事である。
堀内 コモンファンドはセクター別になっており、目的がはっきりしている。完全な財政支援というのは聞いたことがない。援助効率化に関する「パリ宣言」のモニタリング・レポートが出ているが、どれも芳しくない。コストが高いと指摘されている。日本の場合は「日の丸」を立てなければならないので、コモンファンドに入りたがらない。

中央と地方の役割調整
不破 農業部門の政策アクションの一つとして、SRI(System of Rice Intensification)があり、節水型の稲作が試みられている。90年代の半ばにペルー、マダガスカルで開発したもので、インドネシアでは日本工営が協力している。最近行われた評価によれば節水効果が30%あるとされている。このため、気候変動による干ばつ対策になると共に、水田に水を張るとメタンが発生するので、水を張る期間を減らせば、メタンの発生量が減り、温暖化防止策にもなる。農民にとっては従来の農作業のやり方を変えることになるので、理解を得るのが大変だったようだ。除草作業も多くなる。農民への普及活動(有機肥料の活用を含む)が農業省などの指導の下に、この政策アクションとして行われている。長期気候予想を農業に活かすことも重要である。そのような情報を踏まえて、どの地域ではいつ種を播けばよいかを農民に徹底する。将来的には気象予想をオンライン化して農作業に反映させるという構想もある。森林分野では森林火災対策など森林管理を支援している。このように気候変動の見地から必要な対策が政策アクションとして実施されているが、地方と中央の調整などに問題がある。
高瀬 私の記憶では、1990年頃にBappenasが地方政府への支援を始めたが、Province(州)のBappedaでは予算が扱えないような組織になっていたのでうまくいかなかった。それで、2000年頃から一つ下のKabupatan(県)まで予算をおろして、それ以下のSub-District(郡、市町村)への予算配分に切り替えたこともあった。Bappenasへの予算の形としてはグラント(JICAへの技術援助)であって、うまくいけばローン(JBICの資金協力)を出すという順序だった。現在はこの試行錯誤の結果がどうなっているのか。
高橋 新しいものを作るのではなく、既存のものに加えるというのがモニタリングの鍵である。10年前にFASIDと一緒にインドネシアで活動していたとき、日本が特定分野に長くかかわっていると現地に文化変容がおきるという現象に気がついた。インドネシア人が日本風に、日本人がインドネシア風に変わってきた。その時にローンを出すとうまくいく。そうなったときに気候変動の分野もうまくいくのではないか。そこをモニターしていけばよい。
堀内 農村で携帯電話の普及はどれくらいか。農民に情報が直接入るため、携帯の普及はすごいインパクトがある。アポイントも現地でできるからガソリンもセイブできる。アフリカではどうして貧しい人達が携帯を買えるのかと不思議に思うほどだ。
不破 地方に出かける機会は少ないが、これまで行った中央カリマンタンなどで見た限りでは、現地の政府職員は携帯を持っている。
神田 今は自治体が予算を持っているので(中央から派遣される)普及員はいない。中央が末端まで政策を浸透させるのは難しい。外圧を使えば浸透できる。国家の資金繰りをどうするかが財務省のプライオリティ。借款は議会が通さない。国債を出すと金利が高い。一般財政ローンなら縛りが少なく、有利である。財務省としてはこれでやりたい。インドネシア政府は得なことはやるというだけで、環境を良くしようと考えていない。日本の外務省は非同盟諸国を大事にしている。インドネシアが非同盟諸国を代表しているというセンスはある。インドネシアの外務省は先進国からカネを借りるべきでないという立場。財務省と考え方が違う。Bappenasは年次計画を作るが、地方に出先がないので地方計画は内務省が作る。計画と予算が繋がっていない。県議会の予算案とBappenasの年次計画をどうマッチさせるかが問題である。州の中に5〜10ぐらいの県があり、県知事がいる。州知事の思い通りにうまくいかない。日本で道州制をやるとインドネシアのようになるのではないか。

今後の援助の方向性
高瀬 今後どうするか。折角ここまで来たのだからまとめてほしい。鳩山・オバマのイニシアティブを活用して、もう一歩進める方法がないだろうか。今後インドネシアに行かれたら、その辺も研究していただきたい。
高橋 日本が押し付ける形で長く続けるプログラムになるのではないか。
三上 日本が泥炭問題で協力すれば25%のCO2削減制約は吹っ飛ぶ。SRIDが2年前に提案した地球環境対策は正しかったと思う。先日参加したアジア連帯フォーラムでは、「国際税」を集めることは議論されているが、使う方の議論はでてこない。どう途上国のプロジェクトに結びつくかが議論されていない。インドネシアには安定した政権ができており、SRIDとして「国際税」をうまく利用できる提案ができればよい。
堀内 それはカネが集まってからの話である。これまで一つとして成功していない。膨大なカネが集まるとは思えない。使い方を心配する必要はない。アジアへの援助金は地域全体のGDPの1%程度。援助を出しているからといって大きな顔はできない。
神田 インドネシアはADB、世銀、JICAからしかカネを借りていない。汚職委員会が公平でないという文句が出ている。オフィサーもつかまっている。ユドヨノはいいが、次の政権がどうなるかわからない。
太田 実際にインドネシアの仕事をしていて、JICAの手続きがADBに近くなっているように感じる。地方関係のプロジェクトでもBappenasの承認が必要とされる。
高橋 ADBの調達ガイドラインは世銀を真似して作っている。JICAはADBの丸写しである。円借でもサイクルが短くなっており、貸し手側の都合が通らなくなっている。
堀内 手続きで統一できるものは統一していく。2002年のDACパリ宣言から言い出しているが、まだ統一的な手順ができていない。
高瀬 インドネシアは米を100万トンぐらい輸入しているのではないか。自給するより隣から輸入した方が安くて早い。これまでは政府が補助していたため、密輸により利ザヤを稼ぐことができた。商業省が流通を管轄している。農業政策だけで自給することにはならない。値段は政府が決めているのではないか。標準価格的な要素を持っている。備蓄もある。この辺をどのように勧告するかが、今後の不破さんの大仕事になるのではないか。SRIDとしても応援して、この不破さんのお仕事をぜひ成功させたいので、今後とも連絡を密にしてほしい。