SRID Newsletter No.413 June 2010

「DAC脆弱国取組原則」草稿における日本の貢献

財団法人国際通貨研究所
福田 幸正

2005年から2年間の協議を経て、2007年4月、OECD DACは「DAC脆弱国取組原則」(Principles for Good International Engagement in Fragile States & Situations)を採択した。

著者はJBIC勤務時代、本原則の草稿最終段階でDACでの協議に参加するという貴重な機会を得た。その際、日本として如何にこの原則草稿に取り組んだかを私見と共に紹介させて頂くことにしたい。なお、わが国の国際協力の経験をこのような「原則」などの形で一般化し、国際社会の議論に環流させていくことも日本の重要な国際貢献のあり方と考える。

以下は同原則の最終的な骨子であるが、前文と10の項目からなっている。
一層理解を深めて頂くため、是非こちらの原典も併せてご覧願いたい。(http://www.oecd.org/dataoecd/61/45/38368714.pdf

Principles for Good International Engagement in Fragile States & Situations (April, 2007)

Preamble(前文)脆弱国からの脱却はその国の指導者・国民が主導すべきもの

・国際アクターが「取組原則」を共有することによって、支援の「正」のインパクトを極大化し、「負」の影響を極小化することが重要
・ 長期展望:正統性(legitimate)有し、効果的(effective)かつ強靭(resilient)な国家制度(state institutions)の構築支援

The basics
1.背景の理解からはじめること
(Take context as the starting point.)
2.援助が負の影響を及ぼさないようにすること
    (Do no harm.)
The role of state-building and peace-building
3.国づくり(state-building)を主要目的として位置づけること
(Focus on state-building as the central objective.)
4.予防を優先すること
(Prioritize prevention.)
5.政治、治安、開発の関係を認識すること
(Recognize the link between political-security-development objectives.)
6.疎外される人のいない安定した社会の基盤として差別撤廃を促進すること
(Promote non-discrimination as a basis for inclusive and stable societies)
The practicalities
7.背景の異なる現場の優先事項に様々な形でアラインすること
(Align with local priorities in different ways in different contexts.)
8.実践的な援助調整メカニズムに合意すること
(Agree on practical coordination mechanisms between international actors.)
9. 迅速に行動し、かつ 成功の芽が出るまで関与を継続すること
(Act fast but…stay engaged long enough to give success a chance.)
10.援助の見落としを生じないようにすること
(Avoid pockets of exclusion.)

DACなどの国際機関は、先ずこのような大原則を掲げた後、それに基づく関連ガイドラインなどを整えていくというのが基本的な考え方であり、仕事のやり方である。本原則もそのような発想に基づき取りまとめられたものである。なお、本原則策定の背景には、冷戦直後から出現し始めた宗教、人種などが絡む新たな形の紛争と、その結果としての脆弱国に対する効果的な支援のあり方がDAC諸国の間で強く認識され始めたことが挙げられる。
なお、DACの定義によると、脆弱国家(fragile states)とは「対貧困政策(pro-poor policies)を策定・実施する政治的意志が欠けている、またはそのような能力が弱い国」とされている。また、統計などの作成の便宜上、一応世銀CPIA*の下方5分の2の途上国(約35カ国)を脆弱国としている(*:CPIA: Country Policy and Institutional Performance Assessment 被援助国の政策や制度の水準を指標化したもの)。
また、DACでは国づくりstate-buildingを次のように定義している。
An endogenous process to enhance capacity, institutions and legitimacy of the state driven by state-society relations.

著者が本原則の草稿作成に参加したのは、2006年後半から2007年前半までの約半年間という最終段階の短い期間であったが、それまでにDACの中で様々な議論が積み上げられていたので、その収斂段階に効率よく参画することができたものと考える。また、このように重要な大原則を打ち立てる最終段階だったからこそ、日本として日本の経験を大いに活かしたいという強い思いで取り組んだ次第である。著者は外務省と一丸となって本原則の策定作業に没頭した。わが方が主張し、本原則に組み入れることができた主な箇所は次に挙げる通り、本原則の根幹をなす第3項と第7項の2ヶ所である。

* 日本のコメント

3.国づくり(state-building)を主要目的として位置づけること
(Focus on state-building as the central objective.)

このように国づくりstate-buildingが、“the” central objectiveと定冠詞付きで明確な目標付けがなされていることが第3項のポイントであるが、当初の案文では国家の役割の重要性がやや強調され過ぎているように見受けられた。したがって、「そもそも国家の正統性、説明責任、(基礎サービスの提供能力などの)主要機能の向上があってはじめて国民は国家に対する信頼と関係を強めることになる」との考えに基づき、 国家と国民の健全な関係構築に焦点を置くべく、締めくくり部分に以下の文を挿入した。

Support to these areas (著者註:legitimacy, accountability, capability of states) will in turn(著者強調) strengthen citizens’ confidence, trust and engagement with state institutions. 

以上の第3項の内容に関するわが方のコメントは、他のDACメンバーとも共有する考え方でもあったので、わが方の原案通りに採択された。

なお、以上のわが方のコメントの趣旨を反映してのことと思われるが、Preamble(前文)に以下の文が加えられた。

The long-term vision for international engagement in fragile states is to help national reformers to build effective, legitimate, and resilient state institutions, capable of engaging productively with their people to promote sustained development.

これはこれとして、より重要なコメントは以下に示す第7項を巡るものであったと考える。

7.背景の異なる現場の優先事項に様々な形でアラインすること
(Align with local priorities in different ways in different contexts.)

紛争直後の国など、アラインすべき制度やカウンターパートを見つけること自体に困難が伴うことが、脆弱国で実際に直面する問題であろう。この点当初の案文では抽象的な表現でドラフトされていたので、次の通りより現実的なアプローチを提案した。

It is necessary to carefully probe surviving and functioning local mechanisms, and utilize them, where appropriate, for short-term objectives, while designing and building sustainable systems in the longer term attuned to the country context.

すなわち、「残存し機能している現地(土着)のメカニズムを注意深く掘り起こし、それを短期的な目標達成のために活用。その延長線上にその国に固有な社会経済のあり方に合致した制度設計・制度構築を支援することが必要。」という趣旨の案文を第7項の最後に挿入することを主張した。

結果的には、DAC事務局の編集上の都合によって以下の通りとなった。

It is important to identify functioning systems within existing local institutions, and work to strengthen these.

このように原案より短くなったが、当初の趣旨について本原則採択時にOECD日本代表部があらためて説明したところ、特段反対意見は出なかったとのことである。

* 普遍的な価値の出現?

著者は第7項での日本のコメントが他のDAC加盟国側と開発思想の衝突を引き起こしかねないものと実は覚悟していた。すなわち、誤解を恐れず言えば、ないものを論い、理想形を移植することを追求するのが欧米的アプローチであるとすれば、そのままの現実を認め、ないものよりも細々ながらも機能しているものを見極め、活用するという日本的アプローチのぶつかり合いである。ところが、前述の様にわが方案はすんなりと受け入れられた。この点、次の様に考えてみた。

本原則が採択される以前から、先進各国は否応なしに紛争経験国、脆弱国への対応を余儀なくされていた。

そこで彼らが現場で実際に痛い目に遭いながら痛感したことは、本原則に挙げられた事柄を踏まえることの重要性であった。すなわち、他の普通の途上国とは異なり、謙虚さも含めたドナー側の能力が強く求められるのが脆弱国支援であるということである。

そのような実地体験を経た先進国外交官・援助スタッフがそれぞれの首都に戻り、彼らの経験をそれぞれの政策に反映していく中で、本原則策定のためにDACパリに集った時には、コンセンサスを形成するのは実に容易だった、と考えられないだろうか。

前述のように、著者は本原則の草稿に参画するにあたって、日本の貢献の痕跡を残すことを旨としていた。しかし、紛争経験国や脆弱国支援を通して、援助する側の間で普遍的な価値が形成、共有され始めている、と見ることができるのではないだろうか?

ちなみに、本原則の第1ドラフトはDAC事務局の依頼でAshraf Ghani氏(元アフガニスタン財務大臣)が筆をとっている。Ghani氏に直接聞いてみたところ「カブールは停電がひどいので、コンピュータも使えず、暗がりで手書きした」とのことであった。祖国アフガニスタンの国づくりに心血を注いだGhani氏のドラフトを受け入れるということは、DACの目線が途上国の目線に降りてきたことを意味しているのである。

著者はあくまでもプラクティショナーであり、脆弱国支援に際して分厚いマニュアルや学術論文は無用と考えている。関心事項は、如何に困難な国・状況下で困難な任務を遂行できるか、ということに尽きる。そのような視点も持ちつつ本原則草稿に参画した。その際、アナン国連事務総長(当時)の平和構築委員会初回会合でのスピーチを何度も参考にした。脆弱国支援のエッセンスが存分に含まれているものと考えるので、参考として以下に抄訳を掲げることとしたい。

アナン国連事務総長
国連平和構築委員会 初回会合スピーチ(2006年6月23日)

国づくり
・ 平和構築は単に紛争再発防止や物理的復興でないことは経験則
・ 主要任務は、憲法の枠組みと法の支配の下で、効果的な公的制度(public institutions)を構築すること
・ 紛争後、公正な社会が現れるという人々の期待は往々にして裏切られる
・ 国家制度(State institutions)に対する国民の信頼を回復させることが必須
・ 平和構築は、国家が国民に対する義務を果たし、同時に国民は自らの運命の主人公として参加の権利を行使するという国家、国民の間の社会契約(social compact:相互の信頼関係)を強化するもの

オーナーシップ
・ 援助量、援助調整の向上のみでは恒久的平和達成に不十分
・ 平和構築は国民のオーナーシップが必須。外部から移植されるものでない
・ 外部者(outsiders)は、いかに良心的であろうとも、紛争経験国の知見と意志に取って代わることはできない
・ 紛争経験国の人々こそ、その歴史的、文化的、政治的背景(contexts)を熟知。また、彼らの判断の結果責任は彼ら自身が負うべきもの
・ 彼ら自身が平和構築の成果を実感することによってこそ、平和が永続するという希望が持てるもの