SRID Newsletter No.409 February 2009

「マグネシウム文明論、石油に代わる新エネルギー資源」
矢部孝 東工大教授、山路達也 著、PHP新書 のご紹介

福永 喜朋


1. 1月15日2010年、矢部孝 東工大教授によるセミナーに参加した内容及び著作のご紹介を致します。
2.講演内容及び著作
1)石油の次のエネルギーは何か。太陽光電池で日本のエネルギーを賄おうとすると、国土の6割を覆う必要がある。水素社会なら、地下が水素貯蔵だらけになる。リチウムイオン電池を載せた電気自動車が普及するとリチウム資源が不足する。更に、今の造水法で世界的な水不足に対応するには世界の電力の5割を増やさねばならない。この状況を打破する解こそ「マグネシウム循環社会」である。
2)石炭の熱量は、30メガジュール/kg。マグネシウムは25メガジュール/kg。石炭を燃やすとCO2 やSOXなどが排出されるが、マグネシウムは酸素と反応した場合無害な参加マグネシウムになるだけ。
  マグネシウムは燃料として理想的な物質である。
3)燃料比較
              石油    石炭   水素    マグネシウム
   コスト        ◎     ◎    ○      ×(現在の市場価格)
   資源量        △     △    ○      ○
   体積エネルギー密度  ◎     ○    ×      ○
   可搬性、貯蓄性    ○     ○    ×      ○
   環境負荷       ×     ×    ○      ○
4)海水から淡水とマグネシウムを安価に取り出す
  1kg の海水にはマグネシウムが1.29g含まれている。地球上の海水は140京トンあり、マグネシウムの総量は1,800兆トンとなる。1年間世界の化石燃料消費は、石油換算で約100億トンであるから
マグネシウムは約10万年分のエネルギーに相当する。即ち、海水に無尽蔵に含まれるマグネシウム
化合物を取り出し、太陽光励起レーザーを使って金属マグネシウムに精錬し、これを工場や家庭、交通機関等の燃料として利用するのがベストの方法である。海水からマグネシウム他金属を取り出すことは淡水化を行うことである。つまり、水不足の解消と金属資源確保という一石二鳥の効果をもたらす。更に、マグネシウムを燃やすと酸化マグネシウムが生成されるが、これをレーザーで精錬すれば金属マグネシウムに戻り、再び燃料としてリサイクル出来る。このリサイクルにおいて、CO2をはじめとする温室効果ガスは排出されない。これが石油・石炭の代わりにマグネシウムを用いる循環社会にビジョンである。
5)マグネシウムの価格
  海水中のマグネシウムは、MgCl2・H2Oで存在している。これを100度に加熱すると、MgO+HClとなる。大気圧下でレーザーを照射してMgOからMgを分離出来る。現在、主流となっているマグネシウムの精錬法はピジョン法だが、レーザーを使えば複雑な化学反応なしに、分子間の結合を断ち切ることが出来る。レーザー精錬法は、建設コストはかかるが、ランニングコストがゼロに近いため価格面で有利となる。
              電解法     ピジョン法       レーザー法
建設費(1万トン/年)    50億円     1億円          60億円
Mg最終価格(燃料含む)  300円/kg 300円/kg 20-40円/kg
                     ほとんどコークス代。   ランニングコストほぼゼロ。
                     Mg1トン生産にコークス
                     10トン必要。
6)世界で激化する水ビジネスに参加する
 FAO(国連食糧農業機関)は2025年までに世界人口の3分の2が水不足の陥る可能性があると警告している。 現在、主流となっている海水淡水化方式としては「多段フラッシュ法」や「逆浸透膜法」がある。多段フラッシュ法は火力発電所などの排熱で海水を蒸発させて淡水を造るものだが熱効率悪いため、多量のエネルギーを必要とする。エネルギーの余裕のない地域では、逆浸透膜法が普及してきた。
逆浸透膜法では、濾過膜を使い、細かい穴を通して水分子を濾過させ、それより大きな塩分や不純物と分ける。濾過膜の片側に海水、もう片側に淡水を入れると、淡水側から海水側へと水分子が移動して濃度を一定にしようとする。これが浸透圧。海水側に60気圧ほどの圧力をかけると、海水側から淡水側に水分子を移動出来る。この方法の利点は、他に比べてエネルギー消費量が少なく、小規模設備で済むことだ。しかし60気圧の逆浸透圧を生じさせるために電力を必要とする。2025年に30億人に淡水を供給すると仮定すると、一人当たり500m3/年として1.5兆m3/年必要となる。これには20万トン/日能力のプラントを2万基必要で電力は、年間9兆キロワット時となる。2005年の世界の電力使用量が18兆キロワット時だから膨大な電力量と言える。更に、海水中には4-7ミリグラム/リットルのホウ素が含まれており、ホウ素を多量に摂取すると生殖機能障害が起ることが判っている。
WHOは、飲料水中のホウ素濃度を0.5ミリグラム/リットル以下と提唱しているが、逆浸透膜法では1-3ミリグラム/リットルまでしか低減出来ない欠点がある。
矢部教授の考案した方式は、太陽光の集熱器で80-90度に温めた海水を、ローラーで細かい水滴にして蒸発させ、蒸留水を造るもので、ホウ素が淡水に入り込むことはない。この太陽熱を利用した淡水化装置は、価格も安く、ランニングコストもほとんどかからないので、逆浸透膜法に対して十分に勝ち目がある。2015年までに淡水処理能力10万トン/日プラントを輸出する予定。

7)マグネシウム循環社会実現へのロードマップ
このビジョンを整理すると次のようになる。
@ 太陽光を利用した淡水化装置を使って、海水中の塩化マグネシウムを取り出す。
A 熱を加えて、塩化マグネシウムを酸化マグネシウムにする。
B 太陽光励起レーザーで、酸化マグネシウムを金属マグネシウムに精錬する。
C マグネシウムを交通機関や発電所などの燃料として利用する。
D 燃料として利用した後は、酸化マグネシウムが残る。
E Bへ戻り、酸化マグネシウムなどを太陽光励起レーザーで再び金属マグネシウムに精錬する。
このサイクルのポイントは、希薄な太陽エネルギーを太陽光発電よりも低コストで集め、出来る限り損失を小さく循環させるということ、そして太陽エネルギーを封じ込める媒体、エネルギー通貨としてマグネシウムを用いることだ。

8)燃料利用が現実に
マグネシウムの市場価格が1キログラム当たり150円以下になれば、燃料としての本格利用が本格化するだろう。次世代自動車が電気で駆動するタイプになることは、ほぼ確実である。マグネシウム空気電池の開発はこれからの段階だが、水素の運搬、貯蔵、高価な白金という根本的な問題を抱える水素燃料電池自動車に比べれば容易だろう。
自動車の燃料としてマグネシウムが使われるようになれば、次の段階は工場や発電所などとなる。鳩山政権の掲げる「2020年までにCO2の排出量を1990年比、25%削減」は可能となろう。

以上