SRID懇談会 2010年1月21日
  日時: 2010年1月21日(木)午後6時30分〜8時
テーマ: 『アフリカ米倍増10年計画と虹色の革新』
講師: SRID会員 高瀬国雄
  


出席者:(敬称略) 大戸、萩原、三上、高瀬、今津、佐藤、中野、藤村、大嶋、小倉、
     山下(文責) 計11名

<講師略歴>
 1926兵庫県生まれ、84歳寅年。1945海軍兵学校卒。1949京都大学農学部卒、農林省入省。1957-1961愛知用水公団(うち1年4カ月は世界銀行技術連絡のシカゴ駐在員)。1969京都大学農学博士。1967-86アジア開発銀行(ADB)勤務(うち1974-78は海外経済協力基金)。現在は(財)国際開発センター顧問、及び(NGO)アフリカ日本協議会理事。この間、訪問先71カ国、海外出張365回、海外在任延べ22年、各種勉強会への出席は7,000回に及ぶ。1954以来56年間にわたり日本、アメリカ、フィリピンの混声合唱団に所属し、それぞれの文化を楽しみ、自身の健康を保っている。

<講演要旨>
1. 「アジアの緑の革命」の歴史的足跡
 日本では800年前に空海が中国から仏教と灌漑技術を持ち帰った。灌漑技術に加えて、明治維新以降に開発されたコメの新品種、欧米から輸入された化学肥料の3要素によって、1950年には籾米収量4t/haに達した。ADBによる技術・資金の投入により、アジア諸国は15年間で米倍増を実現し「緑の革命」を達成した。アフリカの現状は800年前の日本だ。エジプトとキリマンジャロ山麓のみ20年来の日本の支援により6~7t/haを達成している。
2. 第6次産業への共生システム
 ADBは食料生産だけでは農民所得が伸びないことに気がつき、第1次産業(農林牧水産)だけでなく第2次産業(加工)と第3次産業(流通・販売)を同時に開発し、第6次(1+2+3=6)産業の振興による農家収入の持続的増加を目指してきた。
3. アフリカ大陸の規模と多様性
 アフリカ大陸の面積は、中国、アメリカ、ロシアを除く欧州、インド、日本、べトナム、バングラデシュの合計に等しい。しかし人口は9.3億人とこれらの地域の4分の1に過ぎない。気候は砂漠から熱帯雨林まで極めて多様であり、砂ばかり、粘土ばかりのところもある。不作の年は平年の2割にまで収穫が落ちこむ。日本では不作でも85%の収穫減にとどまっている。
4. アフリカ・アジア農業の制約条件
 農業の制約条件が異なるので、アジアでできたことがアフリカではできない。年間雨量が平均800ミリ以下(アジアは1,500ミリ)。地質が古く、肥沃度も低い。人口密度が低く、市場経済が未発達。政治的に不安定で旧宗主国への依存度が高い、などの違いがある。
5. 「CARD?Coalition for African Rice Development」がアフリカ開発の出発点
 アフリカの主要食料7種(トウモロコシ、イモ類、コメ、果物、野菜、畜産物、魚)の生産量を1986〜1999年で比較すると、コメの増加率が最高である。私はJICAの大島副理事長に「コメはおいしいし、生産増加率も高いので、コメだけを10年間やってはどうか」と進言した。翌年、大島氏がアナン氏を訪問して協議した結果、TICAD4で14国際機関と23アフリカ諸国が2009年に「コメ倍増10年計画」を開始することで合意した。
 2009年7月にアフリカを訪れたオバマ大統領は、ガーナで「アフリカ食料生産宣言」を行った。これは1973年マクナマラ世銀総裁の「ナイロビ宣言(大農方式を提案)」から「小農重視」への大転換である。これまでの援助は先進国で余った食料を「配る」だけだったが、「生産」を支援することに変わった。さすがにオバマは目のつけどころが良い。これを受けて、クリントン国務長官が8月にアフリカ7カ国を訪問している。
 CARDは2008年10月にケニアで第1回総会、2009年6月に東京で第2回総会を開催し、第1グループの12カ国が実行段階に入った。2009年11月にアクラで開かれた第3回運営委員会では各国が作成した詳細資料に基づき、ドナー(FAO、WARDA、世銀、アフリカ開銀等)が技術・資金の分担などを協議した。
6. 「虹色の革新」にいたる中長期的な課題
 2000年9月のミレニアム国連総会におけるMDGsの合意、日本ではTICADシリーズのスタートがあり、広義の「農村開発」とMDGsとの整合性が問われている。政治的にはオバマ政権の誕生と日本の民主党政権の誕生があった。コメが自給できたら、次はイモ、畜産など7種類の食料を含む「アフリカ虹色の革新」という中長期的展望(2040年まで)につなげるべきだ。これは官民+NGOでないとできない。それが日本のNGOの国際化に資することになる。日本のNGOはGDPの0.01%を占めるに過ぎない。欧米は0.03%である。積極的にデータを集め、このチャンスにNGOを入れてアフリカという途方もない地域の開発支援をやる。SRIDも30年前から位置づけてきた課題である。
 アジア経済研究所の平野克己氏が「アフリカ問題:開発と援助の世界史」(日本評論社、2009年11月)という333ページの本を出版した。一つずつピンポイントで非常によくできている。それを引き抜きして要約を作成した(別紙を配布)。「週刊東洋経済1月9日号、アフリカ特集」もよく調べて書かれている。アフリカの公的部門の支出をみると、農業に対する支援は1%に過ぎず、食料対策になっていない。これから40年ぐらい経って、ようやくアジアの現況に近づけるのだろうか。

<質疑応答>
大戸 農業以外の対アフリカ援助には何があるか。
高瀬 MDGs(保健、教育、貧困など)がほとんどで食料「援助」はあるが、食料「生産」はない。このままでは21世紀が終わっても自立できない。それに向かって何をやるか。大来氏は日本・アジア・世界の自立支援のために、35年前にSRIDを作ったのではないか。
小倉 アフリカでも400年前は食えていた。西欧の勢力が入ってきて換金作物のカカオ、落花生、コーヒーなどを作ったためにガタガタにされた。市況商品なので景気に左右される。コーヒーが余っても食べていけない。足りないものは輸入している。これから再生して自給自足農業に戻れるのか。ヨーロッパ人が商品作物を強制的に作らせたから自給できなくなったというのは間違いか。
高瀬 「農業とは換金作物」と教えた欧米諸国に、アフリカが全く騙されてしまったというのが真相であろう。農業経済のエキスパートである平野氏が論じているが、技術的生産のノウハウは簡単なものではない。日本は800年かかってやっと主食を自給できた。アジア諸国にもそう教えてきた。まず主食を腹いっぱい食べられる政策をきちんと立てるべきである。アフリカでは今後どう発展するか分からないが、まず食料生産が先にあり、食べられるようになってから他の分野の開発をやるべきである。

食品加工業
大嶋 去年マダガスカルに行った。若い人が増えているので食料増産が急務である。サイザル麻の生産ではフランス人の5家族が広大な土地を独占しており、この例に限らず、歴史的にみて肥沃な土地を大規模所有し、コーヒー、カカオ等の換金作物に特化している土地利用形態は、抜本的な見直しが必須である。今まで訪問したアフリカの地域では灌漑、肥料やりを見たことがない。日本の農協のような組織を導入し、肥料、灌漑などをsystematicにやらないとだめではないか。食料が足りないといっても普通の村では食うに困っていない。むしろ都市より離れた田舎で無駄になっている農産品を都市でも利用できるように、農産品の保存、加工がなされることが重要ではないだろうか。BOPの一つとして食品加工が有望である。発酵させる、加工するなど、日本でやっている食品加工技術の移転応用が望まれる。一次産品の付加価値を高めるために、加工・流通の促進に力を入れたい。しかしながら、お菓子、ふりかけなど、日本の食品加工業は信じがたいほどdomesticで、国内市場のみを考えている。海外に進出しているのはヤクルト、味の素、JTなどごく少数の企業に限られる。根本的に頭を切り替える必要がある。
高瀬 企業は儲けながら先に進まなければならない。東洋経済の特集は中国がどれだけやり始めているかを書いている。外務省がやるつもりになっており、組み込んでやればいいところまで進む可能性がある。国によってどう組み立てていくかだ。
萩原 BOPビジネスにも共通しているが、日本の企業は独自の進化をしている。品質に対するこだわりはガラパゴス現象といえるほどだ。20の在京大使館を招いて船橋の焙煎コーヒー工場を見学した。彼らは何としても自国で焙煎したコーヒーを日本に買ってもらいたいという気持ちを持っている。工場ではコンピューター制御装置を使って遠赤外線で瞬時に焙煎する。日本の技術に対するプライドは高い。アフリカの直火で焙煎した焼きむらのあるコーヒーは日本で売れない。自動販売機のカフェオレしかできない。日本の技術の進化はあまりにも偏っており、このままでは中国の後塵を拝すしかない。TICAD4で演説したエチオピアの大統領は、日本の製造業に投資してほしいと強く要請したが、何もおきなかった。アフリカでは皆中国が作ったものを食べることになるのではないか。
三上 醤油・味噌もあるが、かまぼこなどの水産物加工は日本独特の技術であり、見込みがある。日本には食品加工コンサルタントがいない。田村氏は北海道でチーズ、ワインを造っており、話を聞きたい。大嶋氏が中南米で需要調査をしている。
大嶋 ペルーとボリビアを調べるつもりである。

対アフリカ投資
藤村 アフリカの問題は整理して考える必要がある。食料問題は旧宗主国との関係で出てきた問題である。日本のアフリカ援助と企業のアフリカ投資はリンクしてはいても、別々に考えるべき問題である。アフリカの国々は日本の企業に投資してほしいというのが本音である。中国と韓国はすごい勢いで投資している。ギニアでは上海の会社が500億円相当の鉄、ボーキサイト、金を購入し、その支払い金額で10万haの灌漑施設を行うことになっている。ギニアには日本人は30人しかいないが、中国人は1万人も住んでおり、グラントでサッカー場を作っている。
大嶋 中国人の作業員は質が悪い。不法に滞在して商品を販売したりしている。受け入れ側も最初はウエルカムだが、問題が出てきている。
藤村 中国やインド企業の農業生産のやり方は、現地農民を労働者にして、ますます貧困化させる。まるでNew Colonialismではないか。インフラ建設をしてもメンテナンスには問題が多い。中国が建設したタンザン鉄道は1日に数本しか運行していない。寝台車の車両はさびて壊れたまま放置されていた。中国人の援助関係者はheadacheだと言っている。色々な問題はあるが「行け行けどんどん」でやっているようだ。中国の経済成長のためには石油や鉄鉱石などの一次産品が不可欠で、中国の閣僚がお土産を持って毎年アフリカ諸国を廻っている。CARDを効果的に進めるには、主要ドナーであるJICA、世界銀行、アフリカ開銀、WARDAなどが夫々の事業を連携させて、相乗効果をうまく産みだすようにしないと限界があろう。
三上 アフリカには外国企業に土地を奪われた農民がいる。もともと農業をやっていた人が追い払われている。交渉の透明性に加えて、食料を確保するために穀物の輸出禁止などの措置が必要。そうしないと農地を奪われている人を保護できない。
藤村 土地なし小作人の比率は意外に低いのではないか。しかし問題は、土地は持っていても小さいことだ。せいぜい1ヘクタールか2ヘクタール以下。1ヘクタール以下の農民も多い。その小さな農地をいくつかに区切って、キャッサバ、メーズ、野菜などを作っている。しかも3〜4年という短い周期で焼畑ローテーションを繰り返すので、生産性が落ちている。生産性を向上させるための品種を作るべきで、ネリカ米はその例である。農産物の付加価値を上げるには流通が大きな問題となっている。場所によっては精度の高い機械を持った精米所が遠いので、近くの精米所の精度の低い機械で精米すると破砕米となってしまい、価値が下がって輸入品に負けてしまう。その部分もサポートが必要である。
萩原 BP(British Petroleum)がメーズ畑をジェトロファに変えた。小作農は最悪の土地利用だとして訴えている。日本のマスコミも取り上げた。
三上 ハイチはもともと自給自足であったが、アメリカが自国から穀物を輸出するために農場をつぶした。保護政策が必要である。インドと中国のアフリカでの農業生産はすごい。プロテクションをしないと大変なことになる。
藤村 サウジアラビアはカネを出すのでアフリカに穀物を作ってくれと言っている。昔は中東でも自分で作っていたが、水が少なく、十分な量を作れない。JICAの協力は生産が得意だが収穫後の支援は少ない。Value chainの考え方でアプローチする必要がある。アフリカのコメ消費は農作物消費の20%以下だが、皆がコメを食べるようになると社会的にインパクトを与えるのではないか。

米作支援
三上 インフレが最も怖い。余剰な資金がどう動くかが最も心配だ。
高瀬 トウモロコシの生産性はコメより低い。アフリカ人が最も望んでいるのはコメ。作物をどう組み合わせるかがTICAD最大の問題で、それに沿ったプロポーザルが作られている。
藤村 アフリカの稲作は種類も様々である。水田でも灌漑と天水がある。ネリカ米は陸稲から出発しているが、乾燥と病害虫に強い。最大のコメ生産地はナイジェリアで300万トンを生産している。アジアは雨が降るので灌漑が大部分だが、アフリカでの灌漑は難しい。年間降水量が少ない所では、降る時と降らない時があり、しばしば飢饉が起きる。放牧により土地が砂漠化していく。しかし、Way outはないわけではないが、難しい質の問題がある。灌漑はインフラなので作ればよいが、マーケットや品質は複雑である。
高瀬 早道はコメである。アフリカ人もおいしいものを食べたい。最も選択性がある。昔は公社がコントロールしていたが、今は種子の増産がsystematicにできない。
藤村 ネリカ米は、陸稲が20種、水稲が20種程度開発されている。生産性向上のためには、品種の選択だけでなく、肥料をやらないとだめだが、その習慣がない。肥料は全部輸入である。農民は、肥料がなくなるとすぐに新種の栽培を止めてしまう。土壌のいいところと悪いところがあり、できれば有機肥料がよい。ケニアの円借款事業でも灌漑のメンテにお金がかかっている。
小倉 世銀でコメの品種改良事業を担当したことがある。この事業では先ず原種を試験場で作るが、最初にできる原種はわずかの量である。これを実用化するためには、原種を元に栽培を繰り返し、順次改良品種の種の量を増やしていく必要がある。問題はこの増殖の過程で他の品種の種が混ざり、改良品種の種の純度が劣化してしまうことが多いことである。韓国での案件でさえ非常に難しかった。アジアでのコメ倍増事業の主体は灌漑建設であったと思う。この灌漑建設はインフラ建設であるが、品種改良はソフトであり、アフリカでこれを行うのは相当難しい気がする。従って、技術指導が重要である。
三上 遺伝子組み換えをやっていないのか。インドでは人工的な遺伝子組換えをやっている。
藤村 WARDAは関心を持っているがやっていない。ネリカ米はhybridしたものを、戻し交配しているので自然交配であり、遺伝子の組み換えではない。
高瀬 アフリカは遺伝子組み換えどころではない。プランを作って日本が支援していく必要がある。

<懇親会>
 懇談会の後、「中印の食糧危機対策とアフリカの農場取得」に関するNHK特集の録画ビデオを鑑賞した。その後、三上氏より提供された備蓄食品(賞味期限5年のインスタント赤飯、五目飯、味噌汁など)の試食会を行った。