SRID Newsletter No.405-1 August 2009

米国従属と日本の外交 (3)イラク戦争から金融危機へA

今井 正幸




米国のイメージと対外政策
ここでかなり本文から脱線することを承知の上で、マスメヂアを通じて作られた米国のイメージについて一言苦言らしきものを呈しておきたい。開発途上国の課題に取り組み始めたころから、これは放置できないと思い始めたのは米国の政治構造の説明の問題である。日本のマスメディアの解説では米合衆国のイメージを中央政府がありその下部機構として各州がある。という姿になるように報道している傾向が強い。何時の間にかアメリカ合州国と公然と書いている先生方や論文にも相当数出くわした。もともと州というのは日本の行政単位には馴染まない概念であったから、途上国について調査報告書などにも相手国ごとに勝手に州の用語を用い、例えばエジプトの地方自治体としては州と書いたり県としたりその折の都合によって用いている。また米国側はイラクを3つの州にするという占領政策案を作成したと報道したりする。

このような社会制度については共通した概念の外国の用語は対象を正確に理解するのに有利である。フランス語ではアメリカはEtats- Unis(United States)と呼称する。アメリカの用語は省略しても世界中にこの政治形態を取る国家は一つしかないから混乱を生じるリスクは無い。即ち「アメリカは多数の国の連合した連邦国家である」を前提にし学ぶ際もそれに従って忠実な説明を受けているのである。現在でもアメリカ自身がState of California(カリフォルニ国)と自称しているのに日本だけが頑固にカリフォルニア州と呼ぶ。維新改革の当初に米国は単一民族の国ではなく、多民族でありその国家の特徴を大衆、ポプリュルスの国として捉え、「合衆国」と呼んだ。

中央政府の下部機構だから州と適当に当て字を用いたのか誤訳したのか、しかしそれが140年も継続したのだから、今更修正も出来ず州と呼んでも、もういた仕方があるまい。但し「合州国」と誤字を用いるのは止めて欲しいものである。

この基本的用語にこだわるのは、このことは対外政策や経済政策―外交、戦争や金融―の影響力など考察する基本的な理解に非常に重要であると思考するからである。米国の形成過程を見ていくと13のステートが独立した時、中心になる特定のステートによる支配形態ではなくて全員で連合体の連邦政府を形成した。これに時代を追って参加する国の数は増加して行き、最終的に50の国が参加や強制的に取り込まれるかして連合体となった。出発点から各ステーツのいわば屋上に連邦政府を形成し、軍事、外交、金融などの権能を中央に集中させていった過程を取って来たが、特に2回の世界大戦を利用して中央政府の権限は著しく強化されてきた。しかし根本的に各ステーツの自治は維持されており、国民生活の規範である法律は各ステーツに依って自由に定められる。これが米国の発展の基盤であり豊富な資源の埋蔵など好条件を利し、近代国家として最良の市場条件を有し連邦国家として著しく強大になった。反面この過程から国民大衆は中央政府の軍事・外交には関心が薄い。これもまた不可避的に生じてきた結果であろう。

資本主義を高度に自由競争化すると独占資本の規模は限りなく増大する。そして国民にはこの権力構造は次第に理解できない対象になっていく。連邦国・米国の姿はこの原理を象徴的に示している。マスメディアに依ってしか国民は外国の問題に触れることが出来ないから自国の政治権力が外国に対して行っている政策の影響も実感は出来ない。唯一の救いの制度とも言えるのは国民による国の元首の選挙であるが、現、在仏のカナダ大使がその講演で指摘した(2009.4.24)ように、ブッシュ選出の際、フロリダの選挙民の関心事は99%自州の貿易問題に集中していた、という実際の姿がある。

独断的な判断を言わせてもらうと米国の対外戦略、軍事・外交は米国国民の意思や米国全体とは別個の意思を持つ独占資本体と特定の政治集団が支配する国家権力に依って左右されている、という事実である。そしてこの構造は今後も相当長期に亘って継続して変更されないであろうと思われる。

2008年後半、顕在化した米国の金融・経済危機という非常時に改革者としての新鮮なイメージでオバマ大統領が登場し米国が新しい方向に変化して行く期待に米国民も世界も注目を浴びせている。米国民はもとより国際社会の期待は先ず米国国内経済の再生なのであるが今の時代、特に米国の国際社会での位置からして諸外国との政治・経済の関わり抜きにして国内経済の改革を行うことは不可能であろう。従って対外政策の進展に国内経済の再生を占う重要な鍵があることは間違いないであろう。

各国の経済政策・国際基軸通貨と日本の対応
米国の大型の金融破たんは大きく世界を揺るがせている。これは米国社会システム自体の破綻であると評している論者は多いが、そこまで決定的に悲観する必要はないと言えるのではないか。中長期的には必ず米国の経済社会は回復し是正化されるであろう。しかし今日までこれが他の国国に与えたダメージは計り知れない、なかんずく日本はその影響を直接に受けており、金融部門への直接被害は比較的軽微であったとしながらも実体産業は大不況に陥ち込んだ。

この国際的な不況の原因、状況の説明に当って、相当数の評論家はここでも「欧米はー」と一括して報道する波に乗って米欧の投資金融機関の行動も政府の対応する政策も同一のものと見做して報道するクセが直らない。欧州なかでも米国の経済政治との密着度の高いEUメンバー国は不可避的に米国の不況の影響を強く受けており、今後もその影響が顕在化して行くことは間違いない。ただ屡しば表現されるように米国金融機関と同じ行動をしたから同じ打撃を受けたのだという感覚的な解説は日本の大衆に大きな誤解を与えるであろう。またユーロが下降しているのも米国と共同歩を取ったからだという説明になっているのも事実に反する。
ここで欧州の立場や方針を筆者が強張して取り上げるのは、それが日本の方向を考える上で重要な指針になると思考するからである。勿論日本はEU諸国と同じ姿勢を取る事はないしその必要もないだろうが、大きな参考事例にはなる。

景気浮揚策としての経済政策をみると5月に麻生首相はベルリンで日本は大幅な財政支出で景気浮揚の目的に沿った国際協力をやってきたが、欧州は協力が不足であると公言したが、最近時の国際評論では中国は国内景気刺激策として相当の財政投資を行ったが、EU及び日本は積極的ではない。とされている。政府財政赤字の対GDP比がOECD諸国中、際立って高い日本はこれ以上財政赤字を積極的に増大させる体力がないのであろうか。
貿易政策では米国は保護主義は絶対取らないと公言したが、現在欧州で最も警戒している論調は米国の保護主義の再現である。先述のカナダ大使の説明どうり、米国の貿易政策は議会が権限を保持して居りすでに別情報で米国のある州ではカナダの水道事業を締め出した例などが報じられている。欧州が米国の保護主義に注意を要するとしているのは、其の遠因として1929年の恐慌と不況に対応してFルーズベルトが押し進めた保護政策の記憶があるからだろうか。

国際金融における準備通貨の課題では、「日本は完全にドル体制の下に置かれて来ているのでこれを逃れるのは極めて難しい」(野口由紀夫)としておりこの事実は認めねばならない。だから、ドルを買い支え、米国債務を帳消しにしてでもドル以外の通貨を考えることは現実的に不可能である、という論調は如何なものか。根本的に人間社会が作り上げた体制を人間社会が変更出来ないということは有り得ないという思考に立たなければ近未来の国際的変化に対応出来ないであろう。ドル・システムを支えるためには日本は何でも行うと保守政党は公言しているが、言葉で表明するだけでなく、これが米国国債を続けて大量に買う政策とドル高を維持すべくドル買いの為替介入を続ける行動になるなら国民は今回こそは国際金融場裡の日本の実の姿に目覚めて断固、この保守政党の行動を拒否しなければならない。

円安は産業界の要望であるが、少数の輸出志向の業種の収益が大きな景気動向の鍵となっている日本の産業構造を速やかに改革するのが本筋であり、これら業種だけの要望を国全体の要望の如くに報道するのは大きな国民への欺瞞情報である。いわんや円安を保持するために、または米国追従のために米国国債を大量に購入するのはもっと国益を害する。

中国は最大のドル準備高を持ち、この半年米国債も買い増している。当面は米国との何かの密約に基づいて動いてきたのだろうが、既にG8に対して準備通貨をSDRに変える案を提出し、これはG20で検討される見透しである。とは言え、国際金融市場での変化がどのようなものであれ、少なくとも今年中ぐらいはドル基軸通貨体制で推移するであろう。ドル価格維持が相当無理だと判ってきても、巨大な国際市場には「慣性の法則」が機能するから、ただちに米ドルの終焉がくるなどは有り得ないシナリオである。この問題に対する欧州の曖昧な姿勢はそれを示している。しかし中国の提案に対して新興国を含めた国際社会G20国が国際金融市場を支えるため何を求めるか。また新槻提案に対して欧州はどちらに傾くか近い未来の国際金融市場の姿については決して予断を許さないものがある。

国際社会での信頼
冒頭のイラク戦争、2003年以降欧州の識者が深くつぶやくように批判して来たのはこの時期からの実の姿として国際社会における米国が「信頼を喪失した」と言う事である。東西冷戦の終了後、世界の覇者のごとく単独主義を標榜して、世界環境保全の国際協調もコソボ紛争も他に聞く耳を持たぬかのような、その意思決定のあり方に世界が疑問を持ち続けたのは当然であろう。信頼の喪失は数値化も出来ないし、明示的に各国の反抗姿勢としても表明されない。しかし間違いなくアフガン戦争、イラク戦争、金融シムテム破綻を通じて、国際社会には米国の独占資本による国際戦略、国際公約、国際金融信用全てについての懐疑感が深まり遂にはそれが表面化したと言う事だ。となると今後も世界の覇権国としてリーダーシップを取っていくというオバマ大統領の勇気ある公約も実現は相当困難と見られて不思議はない。EU勢は自分達だけの公の場ではこの問題について米国を非難したり批判することは避けているように見受けられることがある。
この危機に対応する方法は何かと自問するならばEU中央銀行トリシェ総裁が表明した(注)ようにまさしく信頼の形成、増幅とその確固たる維持である。

(注)Aix en Provence (2009年7月6日)の国際シンポジュウムでの同総裁の説明。各国ごと、各地域ごとで全アクターの協調と信頼の重要性を説く。
ひるがえって日本を見よう。「現今の日本の不況は米国の責任ではなく日本自らの責任である」と厳しく説く野口悠紀雄の説に私は共鳴する。対米従属を国是のように続けて安易な場に居座り続けた日本の指導層の責任である。またそのような指導者を選びマスメディアの流行させる世論に自分自身の判断を失ってきた国民各自の姿勢が積もり重なって米国発の不況に面してパニックに陥るような経済社会構造を作ってきたのだと反省することが必要であろう。

米国発の金融・経済危機について同教授は、米国の豊かさを礼賛し、米国の軍事支出のGDP比は低く、国民消費の下落が景気低迷の全ての原因だと説明している。数字上はこの説明に相違ないが、米国賞賛のために解釈に無理が生じたのかと疑問がある。軍事費をGDPとの対比でなく財政支出の中での位置、で捉え特にこれが特定産業以外には何の益も生み出さない支出であることが考慮すれば如何なる見方が出来るだろうか。根本的には米国の対外戦略が飽くまで軍事優先の姿を変えない限り国際社会での信頼回復は難しいであろう。
日本は数年来、北鮮に恫喝されている姿がある。しかし、相手側がこれだけの愚行を続ける真実の動機を見抜き冷静に対応して欲しい。国際金融の世界では目先の利害に左右される事無く、日本は1日も早く真の独立をして欲しい。そして国際社会で勝ち取らねばならない信頼とは何かを自らを白紙に返して再考して欲しいものである(完)